2009年08月21日

江幡翼の衝撃【アルウィン定点観測 4】

アルウィン完成後、長野県天皇杯予選は準決勝を八月第1週の土日にやるのが恒例となった。(現在は第2週土曜日に南長野と同時開催)
その年に一度のアルウィンナイターをにぎわせたのは、県内では一番高いリーグ順位を持っていた長野エルザ(現・AC長野パルセイロ)でもなく、北信越リーグの古豪山雅クラブ(現・松本山雅FC)でもなかった。
ナイターをにぎわせたのは、塩尻を拠点に着実に力をつけていたアンテロープ塩尻、高校の強豪の松商学園、そして新興勢力である大原学園JaSRAサッカークラブだった。

大原学園はアルウィンが完成した2001年、2002年と連続して天皇杯長野県代表の座を獲得。
県内での強豪チームの仲間入りを果たす。そして、代表となった2年とも地元アルウィンで天皇杯1回戦を戦った。
ちなみに5年ぶりの出場となった2007年もアルウィン開催であった。

2001年の対戦相手は大学枠での出場となった駒澤大学。大学サッカーでは常に上位を保っている強豪。
試合も新興勢力である大原は駒澤に押され、前半途中までまったく見せ場がないまま2点を奪われた。

そんな中にあって大原学園の22番江幡翼は、切れ味鋭いドリブルで孤軍奮闘。駒澤大学のDFを慌てさせていた。
江幡は天皇杯予選の決勝でも、10番の金子信弥とともに大原の攻撃を牽引。
その試合を見た友人一同、江幡という名前を記憶に刻み込んだ。

前半40分に相手のミスから1点を返し、1点差とすると徐々に大原もペースを掴みはじめ、江幡の活躍場面も増えてくる。
そして後半に江幡のドリブル突破をファウルで止めた駒澤のDFにイエローカード。
すでに1枚カードをもらっていたDFは退場となり、さらに大原は攻めに転じる。

ちなみにこのDF。後に五輪代表の主力として活躍。Jリーグ新人王も獲得する那須大亮。
翌年には大学3年生ながら横浜F・マリノスと契約する成長株。
それを考えれば、好調時の江幡がどれだけ手をつけられないかがわかる。

しかしそこは新興チーム。チャンスを作るもゴールを割れず。
全体を通して押してはいるのだが、試合全体は駒澤強しという印象が消えないなんとも形容しがたい試合。
結局カウンターから駒澤大学に3点目を決められ万事休す。善戦はしたものの結果は残せなかった。

調べてみるとびっくりするのだが、那須しか印象に残っていない駒澤大学のメンバーだが、3点目を決めたのは深井正樹(現・ジェフユナイテッド千葉)。
この他にも、同じく鹿島に入団し千葉にたどりつく中後雅喜、千葉では出番に恵まれなかったがJ2徳島で活躍し現役を退いた金位漫、現大宮アルディージャの橋本早十、浦和入団の後京都で活躍した現愛媛FCの三上卓哉、さらにこの日はケガで出番はなかったがドイツW杯の日本代表の巻誠一郎がいた。
これだけのメンバーに対して相手の緩みがあったとはいえ、慌てさせるだけの試合をした大原ならびに江幡は、当時の筆者には衝撃的だった。

大原卒業後、長野県内の日精樹脂工業サッカー部に所属。
ここから数年間はJを目指す松本山雅やパルセイロに牙をむき、県内のサッカーシーンを賑わせる。
アルウィンの思い出に彼の名前は外せないのだ。

第81回 第81回天皇杯全日本サッカー選手権大会 1回戦
大原学園JaSRAサッカークラブ 1-3 駒澤大学
2001.11.25 at Alwin(1874人)  


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2009年03月05日

もう一つの杮落とし【アルウィン定点観測 3】

アルウィン竣工記念大学ラグビー招待試合

実はアルウィンにはもう一つ「竣工記念」と銘打たれた杮落としがあった。
球技場と言われるからには、楕円球でも杮落しが必要ということであろうか。

午前に長野県高校選抜対國學院久我山高校(東京)の試合が行われた。
この試合は見ていないのだが、パンフレットによればこのときの久我山には、後に代表キャップを得る青木佑輔(HO)の名前がある。

メインは大学ラグビー招待試合、慶應義塾大学対同志社大学。
東西の古豪同士の対決。同志社大学はよく伊那のラグビーにも登場しているので、長野県はよく知っている土地柄かもしれない。
このときの一番有名選手は慶應の瓜生靖治だったかもしれない。
しかしよくよくメンバーを見ると慶應のSOには廣瀬俊朗(現東芝ブレイブルーパス)の名前がある。
同志社大学にいたっては、2007年W杯で終了間際の起死回生のトライを決めた平浩二の名が…。

ちなみにほとんど内容を覚えていない。
慶應がいまいちだった記憶だけがある。数年前の絶頂期からやや下降線をたどっていった慶應大学。
たしかにこの頃からその予兆は出ていたのかもしれない。

チケット

松本平広域公園総合球技場(アルウィン)竣工記念
慶應義塾大学 29-56 同志社大学
2001.6.24 at Alwin  


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2009年03月02日

世紀の凡戦【アルウィン定点観測 2】

前日にナイターで盛り上がったアルウィン杮落とし。
そうは言っても、第1回サッカースペシャルウィークin松本の目玉は、国際試合となった横浜F・マリノス対安養LGチータースの試合だった。

試合半ばに曇り空から雨模様に変わったこの日の試合。
天候同様、試合は低調だった。
国際試合となった以上、地元観衆は日本の横浜F・マリノス寄りで見ていた。ホームチームを持たない松本にあって横浜を応援しない理由はあまりない。
しかしながらその肩入れをしたチームが低調で、モチベーションを低い試合を行った以上、試合が面白くないのは当然といえた。

しかもである。

試合途中横浜のコールリーダーが怒号をあげていた。
どうやら椅子席なのでゴール裏で座って見ろという注意が運営者側からあった様子。
さすがに運営者側にいろいろ指摘したいことはあるが、試合が低調なうえに、観客席まで問題に包まれては面白いはずがない。
ピッチで気持ちを見せたのは、レギュラー獲得に向けアピールした平間智和くらい。さらに観客席まで試合を楽しむ雰囲気を作れない状況で、バックスタンドに陣取った私にはまったくといっていいほど、会場が盛り上がる雰囲気は感じられなかった。

追い討ちをかけるように試合終了間際、安養がゴールゲット。
試合内容を反映するかのように得点差がつき、オチがついた感じ。
さすがに、この内容では引き分けという結果さえ相応しくないとサッカーの神様が手をくだしたのだろうか。

初の国際試合。1万人を超えたアルウィン最初の試合。
しかし天気に比例したのであろうか、記念の試合は私の観戦史上稀にみる世紀の凡戦として記憶されたのであった。

第1回サッカースペシャルウィークin松本
横浜F・マリノス 0-1 安養LGチータース
2001.5.27 at Alwin(10,452人)  


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2008年12月01日

杮落とし【アルウィン定点観測 1】

松本に誕生した球技場のスタジアム。
J1開催もできる規格のスタジアムが、松本空港の周辺に広がる信州スカイパーク内に完成した。

その杮落としとなる試合が2001年5月に行われた。
サッカースペシャルウィークと銘打たれた週末には、サンフレッチェ広島対アビスパ福岡が土曜日にナイターで、横浜F・マリノス対安養LGチータースの試合が日曜日に組まれていた。

国際試合、さらに全国的に人気があり城彰二なども所属していた横浜F・マリノスということで、注目度もチケットの売れ行きも日曜日のほうが高かった。

やや曇り空中で行われた真の杮落とし広島対福岡。
広島には当時日本代表に入ったばかりの久保竜彦、さらには後に日本に帰化し日本代表となるトゥーリオ(現・田中マルクス闘莉王)の名前もある。

徐々に怪しくなる空模様同様、試合も低調な感じでスタート。
シーズン途中のブレイクの時期ということもあり、怪我をしたくないという気持ちが働いたのかなかなかチャンスがない試合。
低調な感じでスタートしたこの試合が、かなり盛り上るのだからサッカーはわからない。

要因はいくつかあった。
一つはナイターという状況。アルウィンはナイター向きのスタジアムだった。
スタジアムからは周囲に何も見えないスタジアム。
それがナイターになると、さらにピッチだけが浮かび上がるような感じになる。舞台のステージのようだ。
観客にはピッチ以外の情報は入らない。自然と試合に引き込まれる。

もう一つの要因は、自然と二つに分かれたゴール裏の存在。
ゴール裏の自由席のチケットを購入した地元の人は、必然的にどちらかのゴール裏に陣取ることになる。その陣取ったゴール裏で、それぞれのチームを応援した。
翌日と比較するとわかるのだが、どちらかのチームに一方的にサポーターが入った場合、そのチームが低調だと盛り上りにかけてしまう。
それに比べて、適度に分散した広島対福岡は、会場に対決ムードが作られた。

これらの要素に加えて、リーグ戦と同様の3トップで攻撃的布陣を見せた広島のサッカーが盛り上りに拍車をかける。
久保竜彦、藤本主悦、高橋泰の3トップは適度にポジションチェンジをしながらチャンスをつくり、前半15分に高橋のゴールで先制。アルウィンのファーストゴールスコアラーとなった。前半は広島ペース。

福岡ベンチのピッコリは、選手のテストもしながら公式戦さながらの的確な選手交代を行う。
左サイドからまったく形をつくれなかったが、後半から牛鼻が投入されたことでバランスが改善。
さらに服部浩紀を投入すると、その服部が3分後に同点弾。
まさに采配の妙。

それでもチーム状態では広島が上だったのだろうか、後半30分に山形恭平がオフサイドラインギリギリから抜け出して勝ち越し。これが決勝点となり、試合のマンオブザマッチも獲得した。

ちなみにこの決勝点。メインスタンドで観戦した人から完全なオフサイドだったとの指摘。
数人から証言を得たので、どうやらオフサイドポジションだったらしい。
いかにJリーグを開催できたとしても、県の単位では審判の質が落ちるという悲しい現実も同時に見せつけられた格好となった。

それにしても、大多数の人が翌日に大きな期待を寄せていたが、蓋をあけて見て土曜日の試合がこれほど面白い試合になるとは思っていなかった。
想像以上の好試合で満足度が高かった。

スタジアムの完成度も含め、すばらしい杮落としの試合だった。

広島VS福岡チケット

第1回サッカースペシャルウィークin松本
サンフレッチェ広島 2-1 アビスパ福岡
2001.5.26 at Alwin(5,838人)  


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